鹿児島大学保健師同窓会
しおさい会会長 德永 龍子
(鹿児島純心女子大学名誉教授、鹿児島県看護連盟会長)

平成29年8月、昭和54年発会の保健師同窓会「しおさい会」第6代会長となりました。鹿児島大学の保健師教育を振り返ってみますと、昭和17年全国に先駆けて高等女学校卒業を入学要件として鹿児島県立保健婦養成所が開学され、本年で75周年を迎えます。

鹿児島の保健婦養成は、「僻地性に富み離島が多い本県の特殊事情は、保健衛生こそ県政の重点課題」と企画されました。その後、全国でも異例の国立移管、鹿児島大学医療技術短期大学部地域看護学特別専攻、そして鹿児島大学医学部保健学科まで55年の年月を要しました。関係者の念願であった大学昇格から本年で20周年、心からお祝いを申し上げます。

大学昇格に至るまでの歴史を紐解いてみますと、その時々の校長、教務、大学教授などの講師、経験豊富な実務講師、事務職員、県職員など多くの関係者の熱意、念願、目標が綴られています。開学当初から制度さえ整えばいつでも大学課程にできるよう講義内容、実習場が準備された記述があります。

昭和23年医師法の施行に伴い学校教育法で高等教育に位置づけられた医師は、国立移管に伴い昭和30年鹿児島大学医学部に昇格しました。一方、昭和23年保健師助産師看護師法(以下「保助看法」)で女子のみの看護職は、学校教育法で各種学校のため大学昇格が叶いませんでした。その後、学校の教職員、鹿児島県、鹿児島大学、県看護協会・連盟が一緒になり高等教育同等と大学昇格の陳情を何度も行い、昭和51年専修学校設置基準の制定に伴い、教育条件の充実した学校として指定を受けています。平成4年には、看護婦等の人材確保の促進に関する法律が看護職議員立法で成立し、国、県の大学設置補助金が予算化され短大、大学に昇格しました。また、平成10年学校教育法改正で専修学校卒業生が大学編入可能となり看護大学教員も増え大学は266校を数えます。平成21年には、保助看法改正で看護職も高等教育となり、助産師及び一部保健師は大学院教育に昇格しました。これからも鹿児島大学の教育方法や実習指導体制の利点良い伝統を引き継ぎ、人生100年時代を担う看護職の教育を継続発展させて頂くことを期待しています。

本校の保健師教育は、統合教育から始まり昭和25年看護学校の設立から短大までは看護師3年卒業後、保健師教育1年間。大学でまた統合教育、選択制となりましたが、約20名の少数教育です。

保健師がする公衆衛生看護は、住民と共に生命、生活、尊厳を衛るための精神、知識を学び、つくり動かす技術を学びます。教育内容は母子・学校・産業・成人・地域保健と全世代を包含し、看護関係法令及び実習・実践です。鹿児島空襲時の学生救護の惨状や文部省に日参し養護教諭1級普通免許(現在1種)の大卒認可経過を郡山ノブエ先生から聴いたのは「しおさい会」セミナーです。保健師は1年間の教育のため、学内での先輩と後輩との学び合い、絆を結び社会貢献する機会はありません。そのため同窓会「しおさい会」は、「(1)会員の親睦と母校の使命達成の推進力となる。(2)会員の教養を高め、専門的知識技術の向上に努め、もって社会福祉の貢献に資する」事を目的としています。活動内容は、同窓生と学生も対象としたセミナー、活躍中の保健師、同窓生や恩師山元郁子先生等による研修会、講義への参加協力、学生による同窓生へのインタビュー家庭訪問への協力です。総会は隔年で来年8月3日第20回総会を開催します。会報では毎年同窓生の活躍紹介、同窓会広報、活動報告、制度改正の情報提供、また、去年、ホームページも開設しました。

この同窓会活動は母校を思い40年会費を払い、保健婦学校閉校時には数百万の寄付と参加協力をいただいた同窓生の皆様、津城・郡山・山元・梅木・藤野会長を支え御多忙な本務の傍ら同窓会運営を熱意と誠意をもって担っていただいた役員の皆様の支援の賜物です。心から感謝申し上げます。この間、永眠された恩師、同窓生の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

今後も鹿児島の保健師活動の未来展望を抱き、看護の将来を見据えたあるべき姿に向かい学ぶ学生、会員を支援継続できる同窓会活動ができることを願っております。

掲載:鹿児島大学医学部保健学科設置20周年記念誌(2019年3月発行)

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